一般社団法人日本民泊協会|公式サイト | インバウンド新時代:民宿の「人情」は日本のツーリズムの原点

会員ログイン

インバウンド新時代:民宿の「人情」は日本のツーリズムの原点

投稿日 : 2018年1月11日 | 最終更新日時 : 2018年1月11日

Yahoo!ニュース Japan – 2018.01.10

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180110-00010000-nipponcom-bus_all

全国に点在する「民宿」では日本人客離れが進むが、外国人観光客に人気の宿もある。インバウンド(訪日外国人)ビジネスが注目される中、民宿の「融通」「人情」は大きな強みだと筆者は指摘する。

【画像入り記事はコチラ】

“寅さん” に見る民宿の原点

『男はつらいよ』といえば、主人公 “寅さん” の旅先での恋愛模様を、日本の原風景とともに描いた「国民的映画」だ。山田洋次監督による全48作の同シリーズでは、恋の相手と出会う舞台は大抵が民宿だ。

1983年に公開された第31作(『男はつらいよ 旅と女と寅次郎』)では、寅さんが佐渡島(新潟県)の民宿に泊まる。民宿を経営するのは腰の曲がったおばあさんだ。寅さんを自宅の2階に泊まらせ、夕飯は自宅の台所で作った料理を出す。客の寅さんに呼ばれれば、話し相手にもなる。生活者と旅人の間に垣根はない、それが “古き良き昭和” の民宿の原点である。

民宿は「自宅を開放した宿」ともいわれ、使用していない部屋を1日単位で貸し出す簡易宿泊施設だ(「民泊」とは違って旅館業法の適用を受ける)。自宅の一室だから、昔はカギのかからない部屋が当たり前、部屋の仕切りは1枚の襖 (ふすま)のみで、隣部屋の息遣いまで伝わることもあった。民宿に限らず、昭和(1926~89年)の日本にはカギをかけない畳敷きの和室を残す旅館もあった。

平成(1989年~)も終わりを告げようとする今なお、民宿は全国に点在する。さすがに客室にカギはかかるが、家主の生活空間に旅人を泊める空間は少なくなった。それでも、「トイレ・風呂は共用」が多く、「プライベート」や「設備の新しさ」をより重視する今の世代はなじめない場合が多い。古びた民宿は淘汰(とうた)が進む。

時代の主流ではなくなったかに見える民宿だが、新たな需要が生まれている兆しもある。日本人客が減る一方で、外国人観光客の受け皿となって成功している民宿があるのだ。

外国人に選ばれる宿

鹿児島県志布志(しぶし)市有明町の民宿「すず風」は、世界のゲストハウスを泊まり歩く「バックパッカー」だった増田禎朗(さだあき)さん(71歳)が10年前から経営している。木造平屋建ての屋根の下で、増田さんは旅人と一緒に寝起きする。

もともと大隅半島に位置する有明町は、観光資源の集中する薩摩半島と比べて観光客の来訪が少ないはずの地域だが、「開業して以来、多くの外国人を受け入れてきた」と言う(増田さん)。築年数が比較的浅く清潔感があるこの宿の予約は、すでに今春まで埋まっている。

一方、昔ながらの素朴な民宿が、外国人客に人気を呼んでいる例もある。古い町並みを散策できる岐阜県高山市には、年間40万人を超える外国人観光客が訪れる。市内には大規模なホテルや立派な旅館もあるが、和風建築の民宿も点在する。中でも、築約135年の古民家を移築して45年前に立ち上げた「惣助(そうすけ)」はノスタルジーあふれる宿だ。古びた建物は言うまでもなく、風呂もトイレも共同で、床を歩けばギシギシときしむ。おまけに壁も薄い。

13室しかない客室は、平日、外国人観光客で埋まる。リピーターも多い。「あるスウェーデンのお客さまは、初めは夫婦で訪れ、2回目は子連れで、次には大学生になったその子どもが彼女連れでやってきました」と女将(おかみ)の玉井恵子さん(53歳)は語る。「惣助」にはオーストラリアの修学旅行生の写真が飾られているが、その時の学生が成人して再訪し、「この写真に写っているの、僕なんです」と告げられたこともあると言う。

もちろん、外国人観光客も最初から民宿になじんだわけではなかった。「昭和の時代には、靴を脱ぐのが面倒だと靴のまま上がる人や、畳の上にじかに寝るのが嫌だと泣き出すご婦人がいました」(玉井さん)。それでも平成を迎える1989年ごろには、「惣助」のゲストは外国人客数が日本人客数を上回るようになっていた。

いかに融通を利かせるか

筆者はかつて高山市内の宿泊施設で、不愉快な思いをしたことがある。到着してもフロントにスタッフが姿を見せない。声を上げて呼んでも、「はーい」という返事が聞こえるだけだ。その理由は「決まっているチェックイン時間の前だから」だった。これは極端な例かもしれないが、一般的に日本の宿はかたくななほど融通が利かない。

一方、「惣助」は臨機応変な対応を信条としている。「15時チェックインなのに、朝の9時半に到着された香港からのお客さまがいました。宿泊予定の部屋が掃除中だったので、お通しはできませんでしたが、荷物は預かりました。チェックインの2時間前にいらした英国のお客さまもいましたが、その時はすぐにお部屋にお通しできました」(玉井さん)

多くの旅人がこの民宿に引きつけられるのは、この「融通」にあるのではないだろうか。規則やマニュアルに厳格な日本の宿泊業界だが、そこを “人情” で融通を利かせるのがこの宿である。

民宿ではないが、インバウンドビジネスで大成功した富士之堡華園(ふじのぼうかえん)ホテル(静岡県駿東郡)の経営者で台湾人の薛森唐 (Xue Sentang) さんを取材した際、こんな話をしてくれた。

「日本の旅館は、従業員への配慮もあり特に食事の時間が厳しい。日本人なら時間的制限の中で行動するのが普通でも、外国人だとそうはいかない。特に中国やタイからのツアーはイレギュラーが当たり前。いかに融通を利かせるかが、私たちの腕の見せ所です」

「マニュアルや原則を超えたサービスにこそ価値がある」と説く薛さんのホテルでは、ツアーのバスがどんなに遅く到着しても「必ず温かい食事を出す」(同)のだという。最近の訪日旅行はツアー客が減る傾向にあるが、それでもこのホテルの稼働率が落ちないのは、こうした方針に理由がある。

「触れ合い」が民宿の味わいどころ

最近は、農林水産省もインバウンドを重視し、農林漁家民宿への宿泊を推進している。農山漁村への来訪者を増やし、地域経済の活性化につなげる狙いもある。

日本の民宿研究の第一人者である福知山公立大学地域経営学部の中尾誠二教授は、「農林漁家民宿こそ昭和の古き良き民宿である」とコメントする。つまり、民宿の「原型」とは、冒頭で述べた佐渡島の民宿のような、農家や漁家などが兼業で経営する自宅開放型の小さな宿だ。

山沿いの集落や海沿いの漁村で、その土地ならではのおいしい手料理にありつけるのは、こうした宿ならではの醍醐味(だいごみ)である。中尾教授はこうも言う。

「小規模の民宿の良さは、家族や友達との時間を過ごすのではなく、『宿の人と話をする』ことにあります」

確かに大型のホテルや旅館では、忙しすぎて客との対話どころではないだろう。事実、筆者も滞在する先々で宿の従業員に話かけるが、返ってくるのはマニュアルの「Q&A」通りであることが少なくない。

また、初めての相手との対話を苦痛に感じる “シャイ” な日本人が多く、外国人との触れ合いには特にプレッシャーも大きいのかもしれない。だが、民宿の中には特に客との対話を大切にしている所もある。

愛媛県・内子町(うちこちょう)の「古久里来(こくりこ)」がその一例だ。庭の中に設けられた五右衛門風呂に漬かるのは、ここならではの魅力的な体験だが、それ以上に価値があるのが宿主の森長照博(てるひろ)さんによる山里の話だ。

話好きの森長さんは、珍しい木の実の話をしてくれたり、木の葉に手紙を書かせてくれたりして、旅人を飽きさせることがない。「2階へおいで」と陳列した地元の工芸品などのコレクションも案内してくれる。その妻で女将の禮子(れいこ)さんも宿泊客への声掛けに気を配る。

「話したそうにしているお客さまには『お茶でも飲みませんか』と声を掛けます。私のカタコト英語では外国人のお客様と難しい話はできませんが、気持ちは通じるかなと…」(禮子さん)

ささやかな「歓待の心」がこの宿の強みだ。

「人情」「人間力」で勝負せよ

実は今、前述の「惣助」を取り囲む高山市の宿泊業者は、厳しい経営環境にある。2015年から、民宿をはじめゲストハウスなどの簡易宿所が急増、16年には前年から92件増の489件となった。軒数の把握が困難な民泊も入り乱れて深刻なパイの奪い合いが始まり、「客が激減した」と嘆く宿もある。少子高齢化とともに次世代の事業継承に失敗する事業者、英語の壁を克服できない事業者の中には、インバウンドの好機を目前に廃業するケースもある。

競争に勝つためには、リノベーションや広告宣伝も有効だろうが、厳しい財政事情を抱える中では古くなった設備や施設への再投資に踏み切るのは難しい。

発想を転換して、「ハード」重視ではなく「ソフト」重視にすべきではないか。高山市の國島芳明(くにしま・みちひろ)市長は、「インバウンドは、そこで生活している人の人間力だ」と言う。つまり、景観や温泉に頼るのではなく、自らのコミュニケーション力を鍛えよ、ということだ。

今の日本のインバウンドは「外国人観光客がどれだけ消費をしてくれるか」にしか関心が向いていない。残念ながら「対話」や「触れ合い」が二の次になっている。

さらに多くの事業者が参入して競争が激しくなる日本の宿泊業界において、弱小の民宿が生き残るには「人情」で勝負するしかない。“寅さん” が今なお支持されるのは、そこに忘れられた人情があるからだ。その原点を大事にすれば、民宿は民宿ならではの光を放ち続けるはずだ。シャイで口下手で英語が苦手だろうと、旅人への情けを大切にする環境を醸成することが、日本が真の観光先進国となる近道ではないだろうか。

(2018年1月4日 記/ 写真提供=姫田 小夏)

姫田 小夏  HIMEDA Konatsu
ジャーナリスト。1997年から上海へ。翌年上海で日本語情報誌を創刊、日本企業の対中ビジネス動向を発信。2008年夏、同誌編集長を退任後、中国・アジアビジネス情報を提供する「アジア・ビズ・フォーラム」主宰。語学留学を経て、上海財経大学公共経済管理学院入学、14年卒業。著書に『インバウンドの罠』(2017年、時事通信社)など。